アニメ・ゲーム・マンガ

2008年2月18日 (月)

「うみねこのなく頃に」という名の新しい推理ゲームの形

「うみねこのなく頃に」が推理ゲームといえるか否かに関しては,「ひぐらし」の時に同じようなテーマで,十分に議論(笑)され尽くされた話題ですので,非常に今更感があるのですが,もう一度,改めてこのゲームの位置づけというか,面白さの秘訣みたいなものを量ってみたいと思います.

「ひぐらし」の推理形式の位置づけの説明は多々拝見してきましたが,その中でも最も「上手いなぁ」と思った表現が↓です.(すいません,ソース元を失念しました.)

デスノートの死神は許せるのに,ひぐらしの羽生は許せないっておかしくない?

そうなんですよね.竜騎士さんの描いている推理ゲームは,ホームズや金田一ではなくて,「デスノート」なんですよね.

「デスノート」では,死神というファンタジーを持つ犯人「キラ」の視点で,読者は物語を読み進めていくわけですが,「うみねこ」の場合は,「L」の視点で,死神というファンタジー要素も含めて推理を展開し,犯人を追いつめていかなくてはいけない.

つまり,読者の推理対象はその犯人だけではなくて,その世界観も対象に加わる,と言えます.

これは,いわゆる既存の推理モノの持っている「不可思議な現象は一切起こらない」という前提の元での,推理展開とは形が全く異なりますし,難易度も格段に上がることになります.

なるほど,これは一人の力で打開するのは非常に困難です.他人の脳も活かしての「共有知」で勝負しないことには勝ち目がないです.そこで,掲示板とかwikiが大いに盛り上がってくるんですね.

こういう風に考えてみると,「ひぐらし」や「うみねこ」の掲示板が盛り上がるのも必然といえるかもしれません.

これは,革命的な演出技法だと思います.というか,物語のジャンルに新しい枠組みが一つ加わったとさえいえるのではないでしょうか.

正直なところ,既存の推理ものは最近つまらなくなってきたような気がしてきていました.そのキャラクターの風体から犯人の予想がついてしまったり,登場人物の発言の聞き分けポイントが見えてしまったり,というような感じで.

今までその原因は,僕は作品の質にあるのだと思っていたのですが,もしかしたら読み手の知能が上がりすぎてしまったため,既存の「推理もの」というカテゴリーに限界が来てしまっていたのかもしれません.(最近のコ○ンでも,結構無理のあるトリックが,たまに見受けられますし…)

そういった中での,ファンタジー的な世界観さえも推理の対象に加える「新型推理モノ」というジャンルは,困難性の高い推理モノとしても,潜在的な需要は大きかったのかもしれません.

もちろん,作者様の文章能力の高さあってのゲームの面白さである,ということはいうまでもございません.

追伸>
真偽不明の解答考察(うみねこのなく頃にwikiより)を読んだのですが,ここに書いてある考察に大賛成します.

・新しいシナリオは,前回生き残った人間の「夢・愛が実現した世界」説

これは,前回の僕が記した「ちょっとした考察」と矛盾しないですし,非常に納得感のある説だと思いました.たった2話のシナリオでここまで推論された方は,本当にすごいと思います.

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2008年2月 9日 (土)

うみねこ episode2 クリアしました

最初の投稿がこれかよ(笑)という感じですが,「うみねこのなく頃に episode2」をようやくクリアしました.

あらすじ(Wikipediaより)

時は、1986年10月4日。舞台となるは、大富豪の右代宮(うしろみや)家が領有する伊豆諸島の六軒島。年に一度の親族会議を行う為に、当家の親族達が集結しつつあった。一見なごやかに、久しぶりの再会を楽しむ親族たち。

しかし、島で待っているのは、当主死亡後の財産分割問題という、親族同士に暗雲を呼び込む議題。かつて当主が、島に隠れ住んでいるとされる魔女ベアトリーチェから、資金調達の担保のために授けられたとされる10トンの金塊を巡って、長男の横領を疑う親族たち。それに対して、親族たちの困窮を見透かすかのように、反逆にでる長男。さらに余命の迫った当主は、自らの命だけでなく、親族郎党・資産のすべてを生贄として捧げ、最愛の魔女ベアトリーチェの復活を願っていた。

そして、まるで島に彼らを閉じ込めるかのように、台風は島を「密室」と化してしまう。魔方陣が描かれた殺人現場から、次々と新たな犠牲者が出ていく中、魔女ベアトリーチェからの予告状が届けられていくのであった…。

ひぐらしの時と同様,プレイヤーを引き込む展開の進め方というか,文章力はやっぱり見事!ひじょーに面白かったです.寝る間を惜しんで,つい一気に10時間やり続けてしまいました.

このゲームの終わった後の読了感は,何ものにも代え難いものがありますね.本当に早く続きがやりたくて,やりたくて仕方がありません.ここまで夢中になったものは,ここ最近では本当に珍しいかも.(まあ,寝不足と画面凝視で,目と腰は痛くて仕方ありませんが(笑))

以下,ほんの少しですがネタバレを含みます.

今回,演出面では,主に2つの新たな試み(違い)が見られました.

1つめは,本編の上位概念としての,戦人とベアトとの逆転裁判風の推理演出です.推理の手助け的な面や,(おそらく)ミスリーディングなストーリーの膨らませ的な意味で,非常に良かったと思います.しかし,この演出の導入で1番良かったことは,ゲームにメリハリが出来たことではないでしょうか.この演出が始まると,ただのストーリー・リーディングのモードから推理モードへと,脳の働かせ方を切り替える良いタイミングとなるんですよね.この演出が,物語を外から楽しむお客様視点と,物語へと入り込む主人公視点との2つを切り替えさせてくれることで,僕をよりゲームへとのめり込ませてくれました.

そして,2つめが,例の衝撃的な「山羊男やら何やらのSF展開」ですね(笑).最初にこの演出を見たときは,あまりの衝撃的な展開に,唖然としてしまったのですが,竜騎士さん(作者様)のことだから,上手いこと話のおちはつけてくれることでしょう,という安心感みたいなものから,そんなに時間もかからずに受け入れられました.僕にとっては,SF展開を含めての「ストーリーとしての面白さ」が,「推理ゲームのあるべき像」みたいなものを,遙かに上回っていたからというのも,僕がこのSFをすんなり受け入れられた大きな理由なのかもしれません.

上位概念としての推理演出の中で,SF演出が完全にスルーされているので,SF演出はミスリーディング的なものであって,例のごとく(ひぐらし第1話のレナ・魅音の変貌みたいに)推理対象となる事実ではないのかなとは想定しながら,ゲーム進めてはいたのですが,いくつかの考察サイトを拝見するうちに,僕の中でだんだんと推理というか考察がまとまってきました.

それは「SF展開は亜里亜の妄想・創作」なのかなぁーと.なので,推理を進めるときは,あくまで「戦人の視点」だけを事実として受け取らなくてはならず,金の蝶やら山羊の男やらベアトの存在やらは全て虚偽(ミスリーディング)みたいに,今は考えています.(あっでも,19番目の客の存在自体は事実になるのかな.)

こういう風に,妄想を膨らます余地をたくさん残してくれているのは,ひぐらしの時と同様で,楽しいし幸せを感じますね.

ひぐらしの時と同様で,今のような物語途中の状態では,名作にも駄作にもなる可能性を孕んでおり,そういった同人的な幅というかゆとりの部分まで,まとめて愛せる人でないときついものがあるかもしれませんが,僕としては,声を大にしてやることを推薦します.

この夏は,これの考察を展開させた同人誌を読むのが,今から楽しみで楽しみで仕方がありません.

多大なる妄想文にて失礼いたしました.

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